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ABOUT古河電工を知る

挑戦の歴史

1884-202X

FURUKAWA
HISTORY
世紀を超えて培ってきた素材力を核として、絶え間ない技術革新により、真に豊かで持続可能な社会の実現に貢献してきた古河電工。時代の最先端に挑戦し続けてきたDNAは、今もなお、受け継がれ続けています。

1884

HISTORY

電気の時代の幕開け。
創業者である古河市兵衛が、本所・深川に鎔銅所を設立。同時期に、発明家の山田与一が、横浜・高島町に電線製造工場を設立しました。古河電工は、この2つの事業発祥をもって、創業の年としています。同年には国内初の白熱電球がともされるなど、日本は正に電気の時代を迎えようとしている時でした。

PHILOSOPHY

日本を明るくしたい。
古河電工は「日本を明るくしたい」という古河市兵衛の想いのもと創業されました。本所鎔銅所、山田電線製造所の開設後、本格的水力発電所を利用した我が国最初の直列分銅設備を建設するなど、欧米の最新の技術を導入し、古河グループの基礎を築き上げました。絶え間ない技術革新と、社会に貢献しようという探究心に基づき、私たちは市兵衛の想いとDNAを継承し「世界を明るくする」ことに大きな使命感を抱いています。

1915

HISTORY

日本初、海底電線を製造。
まだ未成熟だった日本国内の電力・通信需要に応えるため、ゴム電線や綿巻線などの製造を拡大。1915年には、瀬戸内海にある備讃海峡に敷設する、海底電線の製造に日本で初めて成功しました。

PHILOSOPHY

日本の発展には、
日本製が欠かせない。
当時、海底電線を製造できるメーカーは、欧州の電線製造会社に限られていました。しかし、相次ぐ戦乱によって、輸入品が途絶え、海底電線の国産化が求められるように。試行錯誤の末、古河電工の技術を結集し、高い耐久性を持つ海底電線の製造に日本で初めて成功。その後も中国大陸との間に通信用海底電線を製造・敷設するなど、国内外で数多くの実績を積み重ねてきました。

1950

HISTORY

黎明期から新幹線まで。
古河電工は鉄道黎明期より、電力、信号・通信設備などに信頼性の高い製品サービスを提供しています。快適な旅と安全な輸送を担う交通インフラを支え続けています。

PHILOSOPHY

安全かつ快適な
鉄道の実現に、こだわる。
安全が最優先される鉄道は構成部品一つひとつに信頼性と耐久性が求められます。過酷な使用環境を克服してきた長い歴史は古河電工の財産です。今後は、世界で高まる鉄道需要に対して、リサイクルプラスチックを使用してつくるケーブルトラフや、地下鉄やトンネル内でもスマートフォンなどの通信システムのアクセスが可能になる漏洩同軸ケーブルといった、環境に配慮した製品や安全かつ快適な鉄道を実現する製品で社会に貢献していきます。

1958

HISTORY

東京タワーにアンテナを。
日本が戦後復興を経て、高度経済成長によって発展を遂げた昭和30年代。本格的なテレビ放送に向けて建設された東京タワー。その頂上にあるアンテナの製造を担いました。

PHILOSOPHY

日本の放送事業に、
古河電工あり。
東京タワーの建設後には、東京オリンピックが開催され、人々はテレビから流れる情報で活気にあふれました。現在もなお、そびえたつ東京タワーのアンテナは、今日まで発展してきた放送事業に大きな貢献を果たしました。スカイツリーのアンテナにも古河電工の技術が採用されています。

1963

HISTORY

超電導を解明せよ。
電力・エネルギー分野のみならず、MRIやリニアモーターカー、核融合技術などの多様な分野でも応用が期待される超電導技術。古河電工では、他社に先駆け超電導の研究開発を開始しました。

PHILOSOPHY

超電導技術の
先駆者としての、責任。
現在は高温超電導による線材についての技術開発を進め、世界でもトップクラスの評価を受けています。地球温暖化により、エネルギーの効率化が課題となる中、核融合炉や超電導フライホール蓄電装置などの実用化を目指した研究開発を進めています。超電導技術の実用化は、大きな社会貢献を果たすという強い使命感のもと、今後もさらなる研究・開発を続けていきます。

1971

HISTORY

海外への進出。
バンコク市内21局、12万2500端子の市内電話網を建設するという通信ケーブル輸出史上最大のプロジェクトを、予定通り、27か月の工期で完成。また、1978年から1982年にかけて、総延長449kmに及ぶイランの大型送電線工事を、厳しい環境下で成功させました。

PHILOSOPHY

世界水準の技術を、
世界中へ。
古河電工の技術力を世界に広めたいという思いから、本格的に世界市場への挑戦を開始しました。タイやイランなどの大型プロジェクトを成功に収め、古河電工の技術力が世界に通用することを証明しました。その後は、東南アジアから遠くブラジルにも製造工場を建設し、今日に至るグローバル化の礎を築いたのもこの頃です。

1974

HISTORY

光ファイバ。草創期を牽引。
光ファイバ草創期に、世界で初めて光ファイバケーブルのフィールド試験に成功しました。また、横浜に新たな研究所を新設し、長距離通信に不可欠な光アンプ励起用レーザ、通信容量拡大に必要な光デジタルコヒーレント用のITLAなども次々に開発しました。

PHILOSOPHY

全世界をリードする製品を、
ぞくぞくと。
新たな技術として知られていた光ファイバ通信ですが、その草創期には、多くの研究者が実現可能性を否定していました。しかし、古河電工はいちはやく研究に着手し、世界で初めて光ファイバケーブルのフィールド実験を成功させます。海外の研究所や国内のメーカーと共同研究を進め、通信分野で世界最高水準といえる新製品や新技術を多く輩出してきました。

2012

HISTORY

「神の素粒子」に挑む。
欧州合同原子核研究機関(CERN)が「ヒッグス粒子」とみられる新しい粒子を発見したと発表。翌年のノーベル物理学賞にもつながったこの発見には、「大型ハドロン衝突型加速器」という当社の製品が多く使われた実験装置が活躍しました。

PHILOSOPHY

物理学を発展させた、
古河の挑戦。
「大型ハドロン衝突型加速器」に使われている特殊な巨大超電導磁石の開発には、これまでにない高い技術力が必要でした。この磁石に使われているのが、古河電工の製品です。当社の高い技術力がなければヒッグス粒子の発見はもっと先になっただろうと言われ、欧州合同原子核研究機関(CERN)から「ゴールデン・ハドロン賞」を授与。現代物理学の発展に寄与しました。

2012

HISTORY

復興に灯を。
2011年の東日本大震災の復興事業としてスタートした、浮体式洋上ウィンドファーム実証研究事業。福島県沖に浮かんだ浮体式風力発電設備と変電所を複数設置するという壮大な実証研究事業に、送電システムの構築担当として参加しました。

PHILOSOPHY

福島から海外へ。
再生可能エネルギーの問題は国内だけでなく海外への対応も求められるようになりました。古河電工は、2019年から英国カーボントラスト社と12の国際的な洋上風力発電開発事業者間の連携による浮体式洋上風力発電プラントの商業化の支援・普及促進のため、130kV~250kV超高圧ダイナミック海底ケーブルの開発を行うことになりました。福島で磨いた経験が、国内のみならず、まさに欧州の機関からも認められ、海底ケーブルのパイオニアとして共同研究にも参画しています。

2013

HISTORY

ライフサイエンス分野でも世界初。
当社が開発に成功した蛍光シリカナノ粒子を、体外検査薬である蛍光イムノクロマト技術に応用。眼感染症の原因微生物の一つであるアカントアメーバを高感度で検出できる世界初の簡易迅速検査法や、細菌性食中毒菌であるカンピロバクターの新検査薬の開発を実現しました。

PHILOSOPHY

培った技術を、
ライフサイエンス分野にも。
古河電工の技術は、ライフサイエンス分野でも活躍しています。ナノ材料技術と蛍光検出技術を用いた生体反応の解析技術は、感染症などの迅速診断分野に不可欠なツールです。さらに、これまでに培ってきた、メタル、ポリマー、フォトニクス、高周波の4つのコア技術をライフサイエンス分野へ応用し、低侵襲医療技術の開発などを通じて、人々の安全・安心・快適な生活の実現に貢献します。

202X

まだ、135年
135年を超える古河電工の歴史は、社会に貢献してきた歴史そのもの。古河グループの創始者である古河市兵衛は、「日本を明るくしたい」という想いで日本づくりに邁進し、広い視野と高い倫理観で、大きな理想にチャレンジしてきました。私たちは、その想いとDNAを受け継ぎ、社会基盤に関する領域を中心に、社会の成長を支えてきました。これからの目標は、絶え間ない技術革新によって、安全・安心・快適な生活を実現し、情報・エネルギー・モビリティが融合した社会基盤を創りだすこと。やるべきことはまだたくさんあります。「まだ、135年」という気持ちで歩み続けます。
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  • 1884
  • 1915
  • 1950〜
  • 1958
  • 1963
  • 1971
  • 1974
  • 2012
  • 2012
  • 2013
  • 202X
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ABOUT古河電工を知る

挑戦の歴史

1884-202X

FURUKAWA
HISTORY
世紀を超えて培ってきた素材力を核として、絶え間ない技術革新により、真に豊かで持続可能な社会の実現に貢献してきた古河電工。時代の最先端に挑戦し続けてきたDNAは、今もなお、受け継がれ続けています。

1884

HISTORY

電気の時代の幕開け。
創業者である古河市兵衛が、本所・深川に鎔銅所を設立。同時期に、発明家の山田与一が、横浜・高島町に電線製造工場を設立しました。古河電工は、この2つの事業発祥をもって、創業の年としています。同年には国内初の白熱電球がともされるなど、日本は正に電気の時代を迎えようとしている時でした。

PHILOSOPHY

日本を明るくしたい。
古河電工は「日本を明るくしたい」という古河市兵衛の想いのもと創業されました。本所鎔銅所、山田電線製造所の開設後、本格的水力発電所を利用した我が国最初の直列分銅設備を建設するなど、欧米の最新の技術を導入し、古河グループの基礎を築き上げました。絶え間ない技術革新と、社会に貢献しようという探究心に基づき、私たちは市兵衛の想いとDNAを継承し「世界を明るくする」ことに大きな使命感を抱いています。

1915

HISTORY

日本初、海底電線を製造。
まだ未成熟だった日本国内の電力・通信需要に応えるため、ゴム電線や綿巻線などの製造を拡大。1915年には、瀬戸内海にある備讃海峡に敷設する、海底電線の製造に日本で初めて成功しました。

PHILOSOPHY

日本の発展には、
日本製が欠かせない。
当時、海底電線を製造できるメーカーは、欧州の電線製造会社に限られていました。しかし、相次ぐ戦乱によって、輸入品が途絶え、海底電線の国産化が求められるように。試行錯誤の末、古河電工の技術を結集し、高い耐久性を持つ海底電線の製造に日本で初めて成功。その後も中国大陸との間に通信用海底電線を製造・敷設するなど、国内外で数多くの実績を積み重ねてきました。

1950

HISTORY

黎明期から新幹線まで。
古河電工は鉄道黎明期より、電力、信号・通信設備などに信頼性の高い製品サービスを提供しています。快適な旅と安全な輸送を担う交通インフラを支え続けています。

PHILOSOPHY

安全かつ快適な
鉄道の実現に、こだわる。
安全が最優先される鉄道は構成部品一つひとつに信頼性と耐久性が求められます。過酷な使用環境を克服してきた長い歴史は古河電工の財産です。今後は、世界で高まる鉄道需要に対して、リサイクルプラスチックを使用してつくるケーブルトラフや、地下鉄やトンネル内でもスマートフォンなどの通信システムのアクセスが可能になる漏洩同軸ケーブルといった、環境に配慮した製品や安全かつ快適な鉄道を実現する製品で社会に貢献していきます。

1958

HISTORY

東京タワーにアンテナを。
日本が戦後復興を経て、高度経済成長によって発展を遂げた昭和30年代。本格的なテレビ放送に向けて建設された東京タワー。その頂上にあるアンテナの製造を担いました。

PHILOSOPHY

日本の放送事業に、
古河電工あり。
東京タワーの建設後には、東京オリンピックが開催され、人々はテレビから流れる情報で活気にあふれました。現在もなお、そびえたつ東京タワーのアンテナは、今日まで発展してきた放送事業に大きな貢献を果たしました。スカイツリーのアンテナにも古河電工の技術が採用されています。

1963

HISTORY

超電導を解明せよ。
電力・エネルギー分野のみならず、MRIやリニアモーターカー、核融合技術などの多様な分野でも応用が期待される超電導技術。古河電工では、他社に先駆け超電導の研究開発を開始しました。

PHILOSOPHY

超電導技術の
先駆者としての、責任。
現在は高温超電導による線材についての技術開発を進め、世界でもトップクラスの評価を受けています。地球温暖化により、エネルギーの効率化が課題となる中、核融合炉や超電導フライホール蓄電装置などの実用化を目指した研究開発を進めています。超電導技術の実用化は、大きな社会貢献を果たすという強い使命感のもと、今後もさらなる研究・開発を続けていきます。

1971

HISTORY

海外への進出。
バンコク市内21局、12万2500端子の市内電話網を建設するという通信ケーブル輸出史上最大のプロジェクトを、予定通り、27か月の工期で完成。また、1978年から1982年にかけて、総延長449kmに及ぶイランの大型送電線工事を、厳しい環境下で成功させました。

PHILOSOPHY

世界水準の技術を、
世界中へ。
古河電工の技術力を世界に広めたいという思いから、本格的に世界市場への挑戦を開始しました。タイやイランなどの大型プロジェクトを成功に収め、古河電工の技術力が世界に通用することを証明しました。その後は、東南アジアから遠くブラジルにも製造工場を建設し、今日に至るグローバル化の礎を築いたのもこの頃です。

1974

HISTORY

光ファイバ。草創期を牽引。
光ファイバ草創期に、世界で初めて光ファイバケーブルのフィールド試験に成功しました。また、横浜に新たな研究所を新設し、長距離通信に不可欠な光アンプ励起用レーザ、通信容量拡大に必要な光デジタルコヒーレント用のITLAなども次々に開発しました。

PHILOSOPHY

全世界をリードする製品を、
ぞくぞくと。
新たな技術として知られていた光ファイバ通信ですが、その草創期には、多くの研究者が実現可能性を否定していました。しかし、古河電工はいちはやく研究に着手し、世界で初めて光ファイバケーブルのフィールド実験を成功させます。海外の研究所や国内のメーカーと共同研究を進め、通信分野で世界最高水準といえる新製品や新技術を多く輩出してきました。

2012

HISTORY

「神の素粒子」に挑む。
欧州合同原子核研究機関(CERN)が「ヒッグス粒子」とみられる新しい粒子を発見したと発表。翌年のノーベル物理学賞にもつながったこの発見には、「大型ハドロン衝突型加速器」という当社の製品が多く使われた実験装置が活躍しました。

PHILOSOPHY

物理学を発展させた、
古河の挑戦。
「大型ハドロン衝突型加速器」に使われている特殊な巨大超電導磁石の開発には、これまでにない高い技術力が必要でした。この磁石に使われているのが、古河電工の製品です。当社の高い技術力がなければヒッグス粒子の発見はもっと先になっただろうと言われ、欧州合同原子核研究機関(CERN)から「ゴールデン・ハドロン賞」を授与。現代物理学の発展に寄与しました。

2012

HISTORY

復興に灯を。
2011年の東日本大震災の復興事業としてスタートした、浮体式洋上ウィンドファーム実証研究事業。福島県沖に浮かんだ浮体式風力発電設備と変電所を複数設置するという壮大な実証研究事業に、送電システムの構築担当として参加しました。

PHILOSOPHY

福島から海外へ。
再生可能エネルギーの問題は国内だけでなく海外への対応も求められるようになりました。古河電工は、2019年から英国カーボントラスト社と12の国際的な洋上風力発電開発事業者間の連携による浮体式洋上風力発電プラントの商業化の支援・普及促進のため、130kV~250kV超高圧ダイナミック海底ケーブルの開発を行うことになりました。福島で磨いた経験が、国内のみならず、まさに欧州の機関からも認められ、海底ケーブルのパイオニアとして共同研究にも参画しています。

2013

HISTORY

ライフサイエンス分野でも世界初。
当社が開発に成功した蛍光シリカナノ粒子を、体外検査薬である蛍光イムノクロマト技術に応用。眼感染症の原因微生物の一つであるアカントアメーバを高感度で検出できる世界初の簡易迅速検査法や、細菌性食中毒菌であるカンピロバクターの新検査薬の開発を実現しました。

PHILOSOPHY

培った技術を、
ライフサイエンス分野にも。
古河電工の技術は、ライフサイエンス分野でも活躍しています。ナノ材料技術と蛍光検出技術を用いた生体反応の解析技術は、感染症などの迅速診断分野に不可欠なツールです。さらに、これまでに培ってきた、メタル、ポリマー、フォトニクス、高周波の4つのコア技術をライフサイエンス分野へ応用し、低侵襲医療技術の開発などを通じて、人々の安全・安心・快適な生活の実現に貢献します。

202X

まだ、135年
135年を超える古河電工の歴史は、社会に貢献してきた歴史そのもの。古河グループの創始者である古河市兵衛は、「日本を明るくしたい」という想いで日本づくりに邁進し、広い視野と高い倫理観で、大きな理想にチャレンジしてきました。私たちは、その想いとDNAを受け継ぎ、社会基盤に関する領域を中心に、社会の成長を支えてきました。これからの目標は、絶え間ない技術革新によって、安全・安心・快適な生活を実現し、情報・エネルギー・モビリティが融合した社会基盤を創りだすこと。やるべきことはまだたくさんあります。「まだ、135年」という気持ちで歩み続けます。
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