誘電率は、誘電体を使用した製品の電波透過性、伝送特性、絶縁性、等に関係する物理量です。この記事では、誘電率とは何を意味するのか?複素誘電率や誘電正接が何を意味するのか?低誘電率、低誘電正接のメリットについて、ご紹介します。低誘電材料を検討中のご担当者様は、ぜひ参考にお読み下さい。

誘電率の概要

初めに、誘電率とはどのような物理量なのかを解説します。

誘電率とは

誘電体に外部から電界(電場)を印加すると、材料には誘電分極と呼ばれる電荷の偏りが生じます。この分極により材料内に誘導される電荷量と、印加した電界との関係は、材料の誘電率εを用いて、次式で表されます。
 D = εE
 D:材料内に発生する電束密度(単位:C/m2 クーロン毎平方メートル)
 ε:誘電率(単位:F/m ファラッド毎メートル)
 E:材料に印加される電界(単位:V/m ボルト毎メートル)
発生電束密度Dは材料内に誘導される電荷量が大きいほど大きくなるため、誘電率は、外部からの印加電界によって材料内に誘導される電荷量の度合い(分極の度合い)の指標となる物理量です。誘電率が小さいほど、材料内に誘導される電荷量も小さくなります。

誘電体の誘電率εは、下式により、分極が発生しない真空の誘電率ε0との比として規格化され、比誘電率εrとして用いられることが多いです。

 εr = ε / ε0
 εr:誘電体の比誘電率(単位:-)
 ε:誘電体の誘電率(単位:F/m ファラッド毎メートル)
 ε0:真空の誘電率(単位:F/m ファラッド毎メートル)

比誘電率は、物理学の分野ではεrと表記されますが、工学分野ではDk(ドイツ語;DielektrizitätsKonstante)と表記されることもあります。また低誘電率な材料を「Low-k material」というように、単にkと表記されることもあります。

複素誘電率の概要

交流電界下においては、誘電率は複素誘電率を使って表現されます。ここでは、複素誘電率の意味や誘電正接について、解説します。

複素誘電率とは

誘電体に外部から電界を印加した際、誘電体内部に分極が形成されるには、応答に僅かながら時間がかかります。このため、電界の向きや大きさが周期的に変わる交流電界下では、ある時間における電界で材料内に発生する電束密度が、分極形成にかかった時間分だけ遅れて発生することになります。

この時の誘電率をD=εEの公式から求める場合、印加電界Eと発生電束密度Dをそれぞれ波で表現する必要が有りますが、物理学においては、波を指数関数と複素数で表現するため、これを用いて算出される誘電率εも、複素数で表現されることになります。この時の誘電率を複素誘電率と呼び、下式で表します。

 ε* = ε’ – iε’’
 ε*:複素誘電率(単位:F/m ファラッド毎メートル)
 ε’:誘電率(単位:F/m ファラッド毎メートル)
 i:虚数単位。i2 = -1。
 ε’’: 誘電損率(単位:F/m ファラッド毎メートル)

また複素誘電率の実部であるε’と、虚部であるε’’の比は、誘電正接tanδと呼ばれ、下式で表されます。

 tanδ = ε’’ / ε’
 tanδ:誘電正接(単位:-)
 δ:誘電損角(単位:rad)

誘電正接tanδは、タンジェント・デルタと呼ばれ、タンデルタ、タンデルと省略して呼ぶこともあります。物理学の分野ではtanδと表記されますが、工学分野では、Df(Dielectric Dissipation Factor)と表記されることもあります。誘電損角δは、印加電界Eと発生電束密度Dの、位相差を表しています。この正接となる誘電正接tanδは、誘電体に交流電界を印加した際の、エネルギー損失の度合いを表す指標です。誘電正接が小さいほど、エネルギー損失の度合いも小さくなります。誘電率ε’、誘電損率ε’’、誘電正接tanδは、いずれも物質ごとに固有の物理量であり、温度や周波数に応じて変化します。

誘電率、誘電正接の効果

誘電率(εr、Dk)や誘電正接(tanδ、Df)は、材料の電気特性に対して、様々な形で影響を及ぼします。ここでは、誘電率(εr、Dk)や誘電正接(tanδ、Df)により変化する誘電体の電気特性について、ご紹介します。

誘電率(εr、Dk)や誘電正接(tanδ、Df)により変化する誘電体の電気特性には、以下が有ります。

電波透過性 低い比誘電率(εr、Dk)により反射を抑制し、低い誘電正接(tanδ、Df)により吸収(減衰)を抑制することで、電波透過性が向上
伝送特性 比誘電率(εr、Dk)と誘電正接(tanδ、Df)を低くすることで、伝送損失の成分の一つである誘電損失を低減。
比誘電率(εr、Dk)を低くすることで、インピーダンスを維持しながら、誘電体の薄肉化が可能。
絶縁性 低い比誘電率(εr、Dk)により絶縁性を向上し、低い誘電正接(tanδ、Df)によりエネルギー損失を低減

それぞれについて解説していきます。

電波透過性

空気中で誘電体に電波を入射する場合、電波は、誘電体と空気の界面で反射される成分、誘電体中で吸収される成分、誘電体を透過する成分、の3つに分かれます。このため、誘電体の電波透過性を高めるためには、誘電体と空気の界面における反射成分と、誘電体中での吸収成分を低減し、誘電体を透過する成分を増やすことが必要となります。誘電体と空気の界面における反射を抑制するためには、誘電体の比誘電率(εr、Dk)を低くし、空気の比誘電率(εr、Dk)に近づけることが重要です。また誘電体中での電波の吸収(減衰)を抑制するためには、誘電体の誘電正接(tanδ、Df)を低くすることが重要です。

伝送特性

配線基板に交流電気信号を流す際、電気エネルギーの一部は熱エネルギー等に変換され、伝送損失と呼ばれる信号の減衰が生じます。伝送損失は、基板の信号線路として使用される導体の抵抗や表皮効果による導体損失、導体の表面や基材となる誘電体との界面における信号散乱による散乱損失、基材となる誘電体における誘電損失、の3つから成ります。このうち、誘電損失は下式により計算されます。

 αd = K × f × εr1/2 × tanδ
 αd:誘電損失
 K:比例定数
 f:周波数
 εr:比誘電率
 tanδ:誘電正接

この式から、誘電損失を低減し、伝送特性を向上させるためには、基材となる誘電体の比誘電率(εr、Dk)と誘電正接(tanδ、Df)を低くすることが重要です。
また伝送損失は、伝送線路を電気信号が流れる際に生じるエネルギーの損失ですが、高周波回路においてはこれとは別に、インピーダンスの不整合による、入出力回路と伝送線路の境界における電気信号の反射にも注意が必要です。反射が生じると、本来入力回路から伝送線路に入力したい電気信号や、伝送線路から出力回路に出力したい電気信号の量が減少してしまうだけでなく、反射波との干渉による電気信号の劣化が発生します。反射を抑制するためには、入出力回路と伝送線路の特性インピーダンスを整合させるように、伝送線路を設計することが重要です。特性インピーダンスは、基材となる誘電体の比誘電率(εr、Dk)、誘電体の厚さ、信号線路の幅、厚さ、等により決まります。比誘電率(εr、Dk)の低い誘電体を基材として使用することで、インピーダンスを維持しながら、誘電体を薄くするが可能となります。

絶縁性

電極間に誘電体を配置して電圧を印加すると、電界Eの発生に伴い、誘電体にはD = εEに応じた分極による電荷の偏りが生じ、電極間に電荷が蓄積します。誘電体を絶縁体として使用する場合、電気の流れを遮りたいので、電極間に蓄積される電荷を大きくする必要は有りません。また電荷が大きい場合、電極間の電界Eによって、材料内に電荷が引き込まれる可能性も高くなるため、絶縁体の比誘電率(εr、Dk)を低くし、電荷の蓄積を小さくすることが重要です。また実際には、電極間で、ごくわずかな漏れ電流が発生し、それに応じたエネルギー損失が生じます。特に交流電界下においては、エネルギー損失を小さくするには、絶縁体の誘電正接(tanδ、Df)を低くすることが重要です。

低誘電材料の活用例

近年、通信機器の高周波化や、電子機器の高出力化が進む中で、より低誘電な材料が求められています。ここでは、ビジネスシーンにおける低誘電材料の用途例をご紹介します。

高周波レドーム(アンテナカバー)

アンテナ機器には、アンテナ内部を保護するための筐体となる、レドーム(アンテナカバー)が設置されます。アンテナからの電波の発信、外部からアンテナへの電波の受信に当たり、電波はレドームを通過するため、レドームには優れた電波透過性が求められます。レドームの電波透過性改善には、特にレドーム材料の比誘電率(εr、Dk)を低減し、レドームと空気の界面における電波の反射を抑制することが重要です。従来のように、ソリッドな樹脂材料をレドームとして用いる場合、電波の反射の影響で、レドーム厚さ、レドームに対する電波の入射角、周波数、アンテナ基板とレドームの距離、等が変化した際、レドームの電波透過性も大きく影響を受け、これらを考慮した煩雑な設計が必要となっていました。これに対し、レドームに比誘電率(εr、Dk)の低い材料を適用し、電波の反射を抑制することで、これらの影響を小さくし、設計の自由度を向上させることが可能になります。またレドームに誘電正接(tanδ、Df)の低い材料を適用することで、電波がレドームを通過する際の吸収(減衰)を抑制することができます。特に5G以降の次世代モバイル通信において採用、検討されている、高周波数、広帯域幅な電波を使用する場合、従来のソリッドな樹脂材料では、帯域幅全体で良好な電波透過性を担保することが困難であるため、より比誘電率(εr、Dk)が低いレドーム材料が求められています。また周波数が高いと、吸収が起こり易くなるため、レドーム材料には、より誘電正接(tanδ、Df)を低くすることも求められています。

高周波基板材料

5G以降の次世代モバイル通信等に用いられる高周波基板においては、周波数fが大きくなることで、伝送損失が大きく増大するため、これを抑制する材料が求められます。伝送損失の成分の一つである誘電損失の観点からは、基板の基材となる誘電体に、比誘電率(εr、Dk)と誘電正接(tanδ、Df)の低い材料を使用することが重要となります。また特にモバイル通信端末等においては、機器の薄型、軽量化が望まれます。内蔵される高周波フレキシブル基板(FPC)の基材として、比誘電率(εr、Dk)の低い材料を使用することで、基材を薄肉化することが可能となります。

次世代モーター用絶縁材料

近年、機器の小型化、高出力化が検討される中で、それに用いられるモーター内の絶縁性の向上が求められています。モーターの絶縁が不十分だと、内部で短絡し、過電流によるモーターの異常発熱や損傷が発生する恐れがあります。従来、モーターのスロット周辺の絶縁を担保するため、スロットに挿入する巻き線を保護するスロット絶縁や、スロット内で巻き線を分離する層間絶縁といった、シート状の絶縁材料が用いられていますが、絶縁の観点からは、比誘電率(εr、Dk)の低い材料を使用することが重要となります。

古河電気工業が開発する発泡樹脂「SCB®」

SCB®(Smart Cellular Board®)とは

SCB®には、樹脂の中に非常に小さい気泡を均一に含める当社独自技術「SCB発泡」が採用されています。発泡によって樹脂の軽量・低誘電率・低誘電正接を実現しています。空気の層を含めることで樹脂が軽量化され、さらには誘電率や誘電正接を低減できることが特長です。SCB®を基板材料やレドーム材料に用いることで、高周波化にともなう伝送損失増大や電波透過性低下の課題を解消できます。

機能樹脂製品「SCB ®」の製造販売は
古河電気工業へお任せください

Smart Cellular Board®(SCB®)」の具体的な用途や、製品開発に関するご相談などは、以下のフォームからお問い合わせいただけます。無料サンプルのご依頼も承りますので、どうぞお気軽にお申し込みください。

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