グループ・グローバルで挑戦!革新的「空孔コアファイバ」の開発

今の情報通信環境を支えるガラスコアの光ファイバ。次世代のさらなる大容量高速通信を叶えるため、コアが空洞の「空孔コアファイバ」の開発に注目が集まっています。本記事では、空孔コアファイバとそのケーブル化や接続技術開発の裏側をご紹介します。

全く新しい光ファイバの形、「空孔コアファイバ」とは

私たちが日ごろ何気なく使っているデータ通信。今や生活に欠かせないこのデータ通信の容量は拡大の一途をたどっており、その通信を支えるために、「より大きなデータをより速く伝える」ための研究開発が繰り返されています。
しかし、その通信の要となる光ファイバそのものの性能は長い間の研究で徐々に理論限界に近づき、これ以上の大幅な改善は難しいとされています。そこで、ファイバの細径化や、1本の光ファイバに複数のコアがあるマルチコアファイバにすることでファイバの密度を高めるといった研究開発により、高速大容量化に応えています。

光ファイバの構造
光ファイバ
コアとクラッドと呼ばれる屈折率の異なるガラス素材の二層構造で、より屈折率の高いコアに光を閉じ込め、伝えるしくみ。より大きなデータをより速く伝えるために、伝送損失(光が減衰すること)を小さくするための研究開発が繰り返されてきた

光ファイバ・ケーブルの改良検討が進められている一方で、光ファイバの構造そのものを根本から大きく変える技術開発も進められています。それが、「空孔コアファイバ」です。光の有する本質的性能を最大限に引き出すために、内部構成を抜本的に変えました。
現在の光ファイバが屈折率の異なる2層のガラス素材で構成されるのに対し、空孔コアファイバは、そのコア部分を空洞(空気)にして、新しい原理で光を閉じ込め、伝送するというもの。この空孔コアファイバの構造自体は数十年前から検討が進められてきましたが、技術的な課題が多く、なかなか実用化できなかったところ、いよいよ「シングルモード化」と「ケーブル化、コネクタ化」に成功し、実証実験を行う段階までこぎつけました。

空孔コアファイバとその構造

ガラスコアが屈折率の高いところに光を閉じ込めるのに対し、空孔コアファイバは屈折率の低いコア(空洞)に光を閉じ込めるという革新的なファイバ。クラッドの部分を規則的な空孔配列構造にすることで、従来屈折率の高いところにしか閉じ込められなかった光を、屈折率の低い中心の空孔コアに閉じ込めるという全く新しい原理を実現。また、サイドコアと呼ばれる独自空孔構造により、伝送に必要な光だけを空孔コアに閉じ込めることを可能にした

空孔コアファイバのメリットは大きく3つあります。
1つ目は、遅延時間の短縮です。現在のガラスコアファイバは、光が伝わるのに1kmあたり約4.9マイクロ秒の遅延が発生します。ほんの僅かですが、スーパーコンピュータのようなマイクロ秒の世界で情報の伝達速度を競う世界や、自動運転、遠隔医療のように情報伝達の速さが命に関わる世界では、このマイクロ秒単位の遅れもなくしたいところです。空孔コアファイバの場合は、1kmあたりの遅延が約3.3マイクロ秒と、ガラスコアのファイバよりさらに遅延を約3割少なくすることが出来ると言われており、空孔コアファイバの実用化が、次世代の通信環境を支えるための重要な役割を果たすことになると期待されています。

2つ目は、「ハイパワーへの耐性」です。1本のファイバにガラスコアの1000倍ものパワーを入れられます。ガラスコアの場合、パワーを入れ過ぎると、コアが損傷する、あるいは線形が歪み、波形が乱れてしまう「非線形現象」を引き起こしてしまいますが、空孔コアファイバの場合は、コアが空気のため、ガラスコアの1000倍以上のエネルギー密度の光を入れても損傷しないところが大きな魅力でもあります。

3つ目は、「究極の低損失」です。コアが空洞なので、伝える光の強さの損失(ロス)をさらに小さくすることができます。
上記2つのメリットは実証段階まで到達しており、3つ目の低損失についてはまだ課題が多いものの、改善が進み良い結果が出つつあります。

この空孔コアファイバは、2022年に総務省「グリーン社会に資する先端光伝送技術の研究開発プロジェクト」に採択され、外部機関とも連携して研究開発を進めるようになりました。
そして、慶応義塾大学と古河電工は2023年11月から慶應義塾大学光ネットワークオープン研究センターに「空孔コアファイバ」を敷設し、施設内の複数ビル間を結ぶ数百メートルのネットワークを構築しました。実用に近い環境でこの新型光ファイバの実験ができるオープンイノベーション施設は世界初です。

「空孔コアファイバは、空気という本来なら光を閉じ込められないものをコアとして光を閉じ込めて伝搬するという革新的なファイバです」と語る、フォトニクス研究所主幹研究員 武笠和則さん
※引用元:慶応義塾YouTube動画「世界初!空孔コアファイバで繋がる未来光ネットワークオープン研究センター」別ウィンドウで開きます
慶応義塾大学未来光ネットワークオープン研究センターにおける空孔コアファイバ・ケーブル網のイメージ

理想を形に。OFSはじめ各社と協働で作り上げた空孔コアファイバ・ケーブル

非常に魅力的な一方、実現するためには技術的なハードルがかなり高い空孔コアファイバ。そのチャレンジングなファイバの実用化に向けた開発で、大きな役割を担っているのが、アメリカに研究所を構えるグループ会社、OFSです。古河電工はOFSと共同で根気強く開発を進め、ケーブル化と接続の課題を乗り越え、実用化に近い形での実証実験が可能なレベルまで実現しました。現時点で、空孔コアファイバのケーブル化までの技術を確立しているのは、世界でもOFSともう一社しかいません。
空孔コアファイバは、外層チューブの中に設計したキャピラリー(ガラス管)を規則的に配置し、線引き工法により製造しています。工程中、外部の影響を受ける空孔表面積が大きいことが、性能や品質を保つ上での大きな課題でした。そこで、OFSでは空孔コアファイバ専用のクリーンルームで、清潔を保ち、温度や湿度も最適に管理することで製造環境を整え、その課題を解決しました。

また、空孔コアファイバの製造は非常に困難であり、線引き速度、テンション、構造の正確な圧力制御など、各工程で綿密な設計が必要でした。そこで、高いシミュレーション技術を誇るハンガリーのグループ会社、FETIとも協力して、検討を進めました。
これまでもさまざまなプロジェクトでコラボレーションしてきた、信頼し合えるメンバーで、月に1回のウェブ会議(時差があるため早朝や深夜に開催)に加え、メール等でのこまめなやり取り、必要に応じてFace to Faceでの会議も開催して、グループ・グローバルでコミュニケーションを密に取り連携してきました。

空孔コアファイバ開発の旅は2016年にOFSでファイバ技術を開発したところから始まりました。そこからケーブル化の開発、長尺化への挑戦、そして古河電工の融着技術も組み合わせてコネクタ接続の開発に成功し、2018年に初めてシカゴの建物に設置されました。この頃開発した技術をベースに改良を重ね、実証実験を繰り返し行っています。

実証実験でこんなエピソードがあります。通常、ケーブルを設置する際は、ケーブル化やコネクタ接続までを工場で行い、設置する現場に運びます。研究メンバーが実験で設置に立ち会った際、これまでラボでクリーンな環境で慎重に作ってきたケーブルが、現場の設置では強い力で引っ張られるなど、厳しい条件で取り扱いされているのを目の当たりにして衝撃を受けたとともに、このような設置作業や設置後の環境にも耐えられるようケーブルを設計したメンバーに敬意を表したと言います。

空孔コアファイバの開発は非常に楽しい経験だ、と語るOFSのメンバー
左から、ブライアン マンガンさん、ゲイブ パックさん、トゥリスタン クレンプさん、イーバン ディルさん、ベニュアン ズーさん

既存の技術×斬新な発想で突破!空孔コアファイバの接続技術

光ファイバ・ケーブルの実用化に欠かせないのが、「接続技術」です。しかし、ここにも乗り越えなければならない大きな壁がありました。
まず、従来のガラスコアファイバの場合は、ガラスのコアどうしを融着する技術が確立されているものの、空孔コアファイバはコアが空洞なので、根本的に異なる接続方法を開発しなければなりませんでした。また、空孔コアファイバを実用化した場合、伝送路全体を空孔コアファイバに切り替えることは不可能なので、既存のシステムとうまく共存させるための技術が必要になります。
そこで、古河電工のファイバ・ケーブル事業部門光接続機器部と共同で検討、開発を開始。
融着機の技術メンバーの知見を活かして、新しい融着技術の確立に乗り出しました。
しかし、空孔コアファイバは、穴が多い構造。ファイバの融着は、熱を加え溶かして接続するものなので、空孔コアだと熱でつぶれてしまいます。この難題を、従来の融着技術に斬新なアプローチを加えることで解決しました。穴が多い構造なので、完全に崩れるのを防ぐのは難しい状況の中、崩れることも踏まえた独自の最適化技術を生み出したのです。接続技術の開発着手から約1年、まだまだ乗り越える課題はありますが、新しい発想による最適化手法で一気に解決に進みました。

ファイバ・ケーブルの接続が出来たところで、慶應義塾大学や電気通信大学の協力により実験、評価を行い、その技術の高さを評価いただいています。特に、電気通信大学の学生が共同で行った研究開発を発表したところ、電気情報通信学会のフォトニックネットワーク研究会で2件受賞するという快挙も。外部からの関心も高く、評価されていることをあらためて実感しました。

斬新な接続技術のアイディアで課題を解決したフォトニクス研究所光線路開発部の皆さん。 左から、津軽誠一さん、高木武史さん、新子谷悦宏部長。
「解決策が思った通りうまくいったことの安心感と、技術を認められたことは素直に嬉しい」とチームで達成した喜びを語る

空孔コアファイバの実用化まで、挑戦はまだまだ続く

ケーブル化、接続技術を確立した空孔コアファイバ。しかし、実用化に向けた課題はまだまだ残っています。実証実験での評価結果は、理論上期待される特性にはまだ届いていないので、さらにこの革新的なファイバのポテンシャルを引き出すことが必要です。
また、実用化に欠かせない量産性を上げる検討もここから進めていかなければならず、そのためにはさらなるファイバ、接続、ケーブル化技術の改良や最適化も必要です。
新しい技術だからこそ生まれる課題をひとつずつクリアしながら、将来の実用化に向けて、挑戦は続きます。

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