ホタテ貝殻が拓く、地域と脱炭素の未来。「ふるさとトラフ」の挑戦

世界的な脱炭素化の流れの中で、環境負荷の少ない製品開発は急務となっています。古河電工は「古河電工グループ環境ビジョン2050」を掲げ、温室効果ガス排出量のネットゼロを目指してきました。その一環として、再生プラスチック100%を使った「グリーントラフ®」を展開し、欧州でも評価を得ています。
そしてこのグリーントラフ®をベースに、地域資源の有効活用をコンセプトにした新製品「ふるさとトラフ」を開発。第1弾として、日本タルクと協業し、北海道森町で課題となっていたホタテ貝殻を再利用した「ふるさとトラフ~ホタテモデル~」を発売しました。今回は、その背景を古河電工、日本タルク、森町の視点から紹介します。
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『グリーントラフ』は日本における古河電気工業株式会社の登録商標です。
古河電工の製品開発がつなぐ、環境と地域の未来
グリーントラフ®は2003年に誕生し、国内の鉄道や高速道路工事で使用される中で、施工現場やお客様のニーズに合わせてラインナップを拡大。2013年には、イギリスの鉄道会社から採用希望の連絡があり、海外にも広がっていきました。その中で新たに開発されたのが、「ふるさとトラフ」です。

「環境に優しい素材を使いたいという思いが出発点でした。既存のグリーントラフ®は樹脂材に再生プラスチックを100%使っていますが、次のステップとして、樹脂だけでなく地域資源を活用した新しい製品を考えたんです」と、開発に携わった堤さんは語ります。
開発のきっかけとなったのは、北海道森町に保管されたホタテ貝殻との出会いでした。現地を訪れた堤さんは、故郷である北海道の豊かな自然を思い浮かべながら、その壮大な景色に刺激を受け、新しい挑戦として製品化を決意しました。
「過去と未来をつなぐというか、ちょっと先のことを考えたときに、何かできたらいいなと常日頃から思っていました。北海道が自分のふるさとでもありますし、ホタテ貝殻を使ってみたい、地域資源を活かす製品を作れないか。ものづくりの目線からでも、いろいろなことにアプローチできると思いました」(堤)

製品化に向けて、社内では「ホタテを使うのは面白い」という前向きな声もある一方、何度も慎重に議論を重ねました。具体的には、樹脂の強度を高めるために使用する炭酸カルシウムを従来の材料からホタテ貝殻由来のものに切り替えるにあたり問題がないか、トラフの性能や品質を担保するための施策を何度も検討しました。その過程では、日本タルクとともにホタテ貝殻由来の炭酸カルシウムの開発・改良にも取り組みました。
材料の変更でコストはやや上がるものの、それ以上に価値があると考え、古河電工は製品化に踏み切り、CO₂排出量を削減できる環境に優しい「ふるさとトラフ」が完成しました。天然素材であるホタテ貝殻の特性を均一に保つため、生産体制や材料管理にも工夫が施されています。
「環境に優しいだけでなく、作業者が安心して使えることも重要です。特にホタテ貝殻の脱臭については、日本タルクとともにこだわりを持って取り組みました。材料の組成や製造設備のシステム構築には、多くの工夫と試行を重ねています」(堤)
ふるさとトラフは、全国の公共工事や海外の現場でも活用され、CO₂排出削減や循環型社会の実現に貢献することが期待されています。
「この製品を通じて、地域資源を有効活用する取り組みを広めたい。そのためにも、新しいことに挑戦して発信し続けていくことが大事だと思っています」と堤さんは語ります。
「古河電工グループ環境ビジョン2050」とも連動し、技術力と素材力を活かした取り組みとして、ふるさとトラフは持続可能な社会の実現に向けた一歩を示しています。
日本タルクが実現した、ホタテ貝殻由来の炭酸カルシウムの精製
北海道苫小牧市にある日本タルク株式会社苫小牧工場。ここでホタテ貝殻から精製した炭酸カルシウムは、古河電工の「ふるさとトラフ」に欠かせない素材となっています。日本タルクは長年培ってきた粉体製造の技術力を活かし、従来は用途が限られていたホタテ貝殻を高機能素材として生まれ変わらせました。

「ホタテは海で育つ生き物ですから、有機物などが付着しています。そのまま粉砕しても、樹脂に混ぜたときに強度や物性に影響が出たり、加工中に匂いが発生したりします。そこで私たちは、独自の工程で有機物や塩素分を徹底的に取り除く技術を開発しました」と話すのは、日本タルク株式会社苫小牧工場で工場長を務める下道智さんです。
開発初期は苦労の連続だったと言います。
「最初に粉砕したときは、研究室全体がホタテの匂いで充満しました。まるで水産加工場のようでしたね(笑)。その匂いの原因となる有機物をどう除去するかが大きな壁でした」(下道工場長)


そして、もう一つの課題は粉砕の技術でした。日本タルクは長年タルク粉末を製造してきた経験を持ち、50種類以上の粉砕パターンを組み合わせる技術を蓄積しています。その知見を総動員し、ホタテ貝殻特有の「柱状結晶」を壊さずにパウダー化する方法を編み出したのです。
「炭酸カルシウムといっても、石灰石由来のものは球状、ホタテは鉛筆のような柱状の結晶をしています。この結晶を壊さず均一に粉砕することは、とても難しい課題でした。しかし、形を保ったまま加工できれば、樹脂に加えたときに曲げ強度や弾性が向上します。これはホタテならではの特長で、他の貝殻では再現できません」(下道工場長)
さらに日本タルクは、焼成せずに未焼成のままホタテ貝殻を利用する製法を確立。これにより、エネルギー使用を抑え、製造過程でのCO₂排出量も削減できるようになりました。
「一般的には焼成して有機物を飛ばしますが、焼いてしまうとアルカリ性が強くなりすぎて扱いにくい素材になります。私たちは特殊な処理で有機物を除去し、焼かずに粉体化する方法を選びました。その結果、環境負荷を抑えつつ高純度な炭酸カルシウムを提供できるようになったのです」(下道工場長)

製造されたホタテ貝殻パウダーは、炭酸カルシウムとして96%以上という高い純度を実現し、地域資源の活用と環境への配慮を両立する取り組みとして注目されています。
「ホタテは成長の過程で海水中のCO₂を吸収し、貝殻をつくります。その資源をさらに材料として生かすことで、CO₂削減にもう一歩踏み込める。循環型社会に向けた新しい可能性を示すことができたと思っています」(下道工場長)
課題をチャンスに変える、北海道森町の官民連携
北海道森町は、噴火湾で行われるホタテ養殖が盛んな町です。前浜で水揚げされるホタテを中心に、スケトウダラやカニ、エビなど多様な水産物も漁船漁業によって水揚げされており、加工能力の高い水産加工会社も数多く存在します。町では以前から、水産系副産物を肥料や資源として再利用する取り組みを進めてきました。
しかし、近年はホタテの加工量が増加し、年間約1万2,000トンの貝殻が発生するようになったことで、処理や保管の課題が顕在化していました。

「ホタテ貝殻の堆肥化や再資源化は、2004年からずっと続けてきた事業です。当時から役場や関係者みんなでさまざまな方法を検討し、取り組んできました」と、北海道森町長の岡嶋康輔さんは振り返ります。
ホタテ貝殻の堆積場には限度があります。貝殻が増えすぎると計画外の処理や追加の施設整備が必要となり、結果として財政負担が増えるリスクがありました。こうした課題に対し、行政として町の財政状況や産業振興を考えながら事業を進めていく必要がありました。

その中で始まったのが、ホタテ貝殻をパウダー化し、「ふるさとトラフ」という製品に生まれ変わらせるというプロジェクトです。岡嶋町長はその印象を次のように語ります。
「最初はすごく驚きました。ホタテ貝殻が、新しい価値を持つ製品になるなんて、想像もしていませんでした。民間企業の力で、行政の課題が地域経済の成長にまで結びつくことに、大きな刺激を受けています」
このプロジェクトは、町内の加工業者や漁師さんにとっても、ホタテの貝殻の価値を再認識する機会になっています。ホタテ貝殻が世界に発信できる商品として生まれ変わることは、地域の皆さんにとっても大きな希望になっているそうです。
「森町のホタテ貝殻を日本や世界に向けて発信できる商品に変化させ、展開していただくことは、町民や地域の加工業者、一次産業の事業者にとっても大きな示唆となると思います。こうした取り組みは、我々にとっても活用の価値が高く、意識の醸成にもつながる。自分だけでなく他者や地域のために行動することが大切で、そうした行動が、結果的に自分自身や地域の環境を守り、地域の経済や産業の発展にもつながると考えています」(岡嶋町長)

ふるさとトラフを多くの人に知ってもらい、製品の利用が広がることで、森町の自然や魅力を守りながら、持続可能な産業の維持・発展の後押しになることが期待されています。
「森町の魅力は、地域の人々が誇りを持ち、自分たちの町に関われることです。町民一人ひとりが地域の価値を感じ、町外の方にも『森町っていいね』と言ってもらえるような町でありたいと思っています。
ふるさとトラフのように官民連携の仕組みを活用しながら、地域の資源や産業、文化に関わるあらゆる取り組みを町全体で進め、意味のあるものとして捉えていくことが大切です。そうした経験を重ねることで、町全体がより魅力的で活力あるものになっていくのだと思います。
さらに、森町は若い世代や外部の方々が自由に参加できるまちづくりのプラットフォームにもなっています。地域おこし協力隊や大学生、民間企業の方々など、多様な人々が集まり、町の魅力や課題に触れ、自分たちのアイデアを形にする機会が豊富です。町内の方々も含め、みんなで一緒に考え、行動することで、地域に住む意味や自分たちの役割を再確認できる。そんな場所が森町にはあります。
こうした取り組みを通して、町民だけでなく訪れる方々にも森町の自然や文化の豊かさ、地域の温かさが伝わることを目指しています。多くの人が関わり、楽しみながら町を育てていくことこそ、森町の魅力であり、これからも大切にしていきたいことです」(岡嶋町長)
ふるさとトラフ~ホタテモデル~の開発は、単なるホタテ貝殻という資源の活用による課題解決にとどまりません。地域経済や環境保全、そして町民の誇りへとつながる、新たな価値創造の一歩となっています。
地域と社会をつなぐ、ふるさとトラフのこれから
ふるさとトラフの取り組みは、北海道森町にとどまらず、他の地域資源の循環活用モデルとして展開することも可能です。地域で未利用となっている資源を活かし、製品化する仕組みは、さまざまな地域の課題解決にもつながります。
また、環境負荷の低減という観点から、再生可能エネルギー施設やデータセンタなどでの活用が広がれば、地域資源を生かした製品が社会全体の脱炭素化にも貢献できるでしょう。
一方で、製造コストの課題は依然として残っています。そのため、効率的な生産体制の構築や各種支援の活用も視野に入れつつ、地域資源を生かした持続可能な製品化を進めていくことが重要です。こうした取り組みを着実に重ねることで、技術開発と地域資源の循環活用を両立させ、製品の社会的価値もさらに高めることにつながっていきます。
ふるさとトラフは、地域資源を生かした新しい価値創造のモデルとして、地域から全国、そして世界へと広がる可能性を示しています。地域の人々と企業が一体となり、楽しみながら課題に取り組むその姿勢は、持続可能な社会への希望そのものです。