キロアンペア級の交流電流を流せる高温超伝導集合導体SCSCケーブルを開発
~ 交流損失低減でカーボンニュートラルや核融合への応用に期待 ~

2023年9月15日

京都大学
古河電気工業株式会社
科学技術振興機構

概要

京都大学 大学院工学研究科 電気工学専攻の雨宮 尚之 教授らは、古河電気工業株式会社(以下、古河電工)、古河電工グループのSuperPower Inc.と共同で、交流の大きな電流を流せ、内部で発生する摩擦発熱のような損失(交流損失(注1)))も小さいSCSCケーブル(エスシーエスシーケーブル)(注2))と名付けた高温超伝導集合導体(注3))を開発し、1キロアンペアの交流の電流の通電と、従来比十分の一となる交流損失の低減に成功しました。
従来のテープ形状をした薄膜高温超伝導線(注3))には、交流損失が大きいこと、実用で必要なキロアンペア級の電流を流せないこと、テープの面の方向には曲げ易いものの幅の方向には曲げにくく、多様な形のコイルに巻けないこと、といった短所があり、応用の障害となっていました。
雨宮 教授の研究グループ(以下、京都大学の研究グループ)は、内部の超伝導薄膜を細く分割した薄膜高温超伝導線をコア(芯材)のまわりにらせん状に巻くことで、交流損失を小さくする技術を研究してきました。今回、らせんを多数重ねることにより大きな電流を流せるようにしたSCSCケーブルという集合導体を開発し、直径4ミリメートルのSCSCケーブルに1キロアンペアの大きさの交流の電流を流すことに成功しました。一般的な電線である銅線に比べ、数十倍の密度で電流を流したことになり、強い磁気を発生させるために役立ちます。また、SCSCケーブルに交流の磁界をかけて、従来のテープ形状の薄膜高温超伝導線に比べて、交流損失が十分の一になっていることを確かめました。SCSCケーブルは任意の方向に曲げられるので、多様な形のコイルに巻くこともできます。
航空機の電気推進用超伝導モーター、再生可能エネルギー大量導入時でも電力の安定的な供給を可能にする超伝導磁気エネルギー貯蔵装置(注4))などへの応用を通して、SCSCケーブルはカーボンニュートラルに役立つと期待できます。また、時間的に変動する大きな磁界を発生させる核融合炉のコイルにも応用できます。
本研究成果は、2023年9月14日(中部ヨーロッパ夏時間)に第28回マグネット技術国際会議(フランス エクス・アン・プロバンスにて開催)にて発表されます。

1.研究の背景と経緯

高温超伝導線は、電気抵抗がゼロで非常に高い電流密度で電流を流せるため、モーターなど電気機器の省エネ・小型軽量化に役立ちます。しかし、交流で使ったときに発生する交流損失が、高温超伝導線を電気機器に応用する上で障害となっていました。加えて、実用で必要なキロアンペア級の電流を流せないこと、テープ形状をしているためテープの面の方向には曲げ易いものの幅の方向には曲げにくく多様な形のコイルに巻けないことも応用する上での障害でした。
薄膜高温超伝導線内部の超伝導薄膜を細く分割すれば、原理的には交流損失を小さくできます。このような薄膜高温超伝導線をマルチフィラメント薄膜高温超伝導線、細く分割した超伝導薄膜をフィラメントと言います。しかし、フィラメントに分割して、フィラメント同士を完全に電気的に絶縁したのでは、万一、あるフィラメントに超伝導ではない部分(不良部)があったときに、電流が迂回できず、そのフィラメントは全く電流を流すことができなくなってしまいます。そこで、超伝導薄膜をフィラメントに分割した上で、超伝導薄膜全体の上を銅でめっきして、フィラメント同士を電気的に接続するという対策が考えられます。ここでは、このような超伝導線を「銅めっきマルチフィラメント薄膜高温超伝導線」と呼ぶことにします。しかし、この線をそのまま使ったのでは、上で説明した交流損失を小さくする効果が損なわれてしまうことも知られていました。
そこで、雨宮 教授は、フィラメント同士を銅めっきで電気的に接続して超伝導ではない部分があっても電流の迂回を可能にするとともに、銅めっきマルチフィラメント薄膜高温超伝導線を丸いコア(芯材)のまわりにらせん状に巻き付けることで交流損失低減効果も維持できるのではないかと考え、原理検証のための基礎的な研究を進めてきました。

2.研究の内容

今回、京都大学の研究グループは、銅めっきマルチフィラメント薄膜高温超伝導線を、金属のコアのまわりに精密に、かつ、多層に、らせん状に巻き付け、交流損失が小さく、大きな交流電流を流すことができる高温超伝導集合導体を作製する技術を開発しました。この高温超伝導集合導体をSCSCケーブルと名付けています。
古河電工と古河電工グループのSuperPower Inc.は、銅めっきマルチフィラメント薄膜高温超伝導線(幅2ミリメートル、厚さ0.05ミリメートル、フィラメント10本)(図1)を安定して製造する技術を開発し、1.6キロメートル以上の同超伝導線を京都大学の研究グループに供給しました。
京都大学の研究グループは、ケーブル作製機(図2)を使って、直径3ミリメートルの金属のコアのまわりに1層あたり3本、4層にわたって、合計12本の銅めっきマルチフィラメント薄膜高温超伝導線を巻き付けた長さ5メートルのSCSCケーブルを試作し、長いSCSCケーブルが作製可能であることを実証しました。試作品は5メートルですが、ケーブル作製機の運転を続ければ、数十メートルのケーブルを作ることも可能です。
また、直径3ミリメートルの金属のコアのまわりに1層あたり3本、6層にわたって、合計18本の銅めっきマルチフィラメント薄膜高温超伝導線を巻き付けたSCSCケーブルを作り、これを液体窒素(摂氏マイナス196度)で冷やし、1キロアンペアの大きさの交流の電流を流すことに成功しました(図3)。実験に用いたSCSCケーブルの直径は4ミリメートルで、1平方ミリメートルあたり80アンペア以上の密度で電流を流したことになります。これは、一般的な電線である銅線に流せる電流密度の数十倍に相当します。SCSCケーブルを液体水素(摂氏マイナス253度)で冷やせば、さらに大きい、数キロアンペアの大きさ、1平方ミリメートルあたり100から200アンペアという高い密度の電流を流せる予想されます。高い密度で電流を流すことができると、強い磁気を発生することが可能になります。
さらに、別に作製した4層構成のSCSCケーブルを液体窒素で冷やして100ミリテスラの大きさ交流の磁界をかけて測定した交流損失が、従来の標準的なテープ形状の薄膜高温超伝導線の同じ条件下における交流損失の十分の一になっていることを確かめました。詳しく説明すると、12本の幅2ミリメートルのマルチフィラメント薄膜高温超伝導線から構成されるSCSCケーブルの交流損失を、6本の幅4ミリメートルの標準的な薄膜高温超伝導線の交流損失の和と比較しました。超伝導状態で流せる電流である臨界電流を揃えた上で比較するために、このような比較対象を選びました。

3.今後の展開

今後、本共同研究チームは、SCSCケーブルの性能向上に向けた研究のほか、SCSCケーブルを用いて様々な形のコイルを巻く技術の研究開発を進めていきます。交流損失が小さく、大きな電流を流せる様々な形や大きさのコイルを作ることができるようになれば、それを組み込んだ超伝導磁気エネルギー貯蔵装置、超伝導モーター、超伝導発電機などの開発の道が開けます。超伝導磁気エネルギー貯蔵装置は太陽光発電や風力発電といった再生可能エネルギーの大量導入を助け、小型軽量な超伝導モーターで航空機のジェットエンジンを置き換えることで航空輸送における二酸化炭素排出量の削減が可能となります。発電機などのそのほかの電気機器の超伝導化による省エネも二酸化炭素排出量の削減につながります。
このように、SCSCケーブルはカーボンニュートラル社会を支える技術になるものと期待しています。また、SCSCケーブルは、交流損失が小さく、大きな電流を流すことができるという長所を活用し、時間的に変動する大きな磁界を発生させる核融合炉のコイルにも応用できると考えています。

4.研究プロジェクトについて

本成果は、科学技術振興機構(JST)の支援により行われました。
未来社会創造事業 探索加速型
研究領域:地球規模課題である低炭素社会の実現
    (運営統括:魚崎 浩平 北海道大学 名誉教授/物質・材料研究機構 名誉フェロー/JST 研究開発戦略センター 上席フェロー)
重点公募テーマ:「ゲームチェンジングテクノロジー」による低炭素社会の実現
研究開発課題名:低交流損失と高ロバスト性を両立させる高温超伝導技術
研究開発代表者:雨宮 尚之 京都大学 教授
研究開発期間:平成31年11月~令和6年3月
JSTはこの重点公募テーマで、ゲームチェンジングテクノロジーを創出し社会実装につなげることで、低炭素社会の実現に貢献することを目指しています。上記研究課題では、交流損失を低減し、モーターなどの電気機器を小型軽量化・省エネ化できる高温超伝導導体技術・コイル技術の確立を目指しています。

<用語解説>

(注 1)交流損失:磁束が細い線(磁束量子線)となって超伝導体の中に侵入し移動するときに発生する摩擦発熱のようなものです。ピン止め力 (摩擦力に相当)に逆らいながらローレンツ力(フレミングの左手の法則による力) によって磁束量子線が動くときに発生します。交流損失が大きいと、超伝導線の温度が上昇して超伝導状態を保てなくなる可能性があるほか、除熱のために必要な電力が、電気機器の効率を低下させてしまいます。

(注 2)SCSCケーブル(エスシーエスシーケーブル):本共同研究チーム(京都大学、古河電工、SuperPower Inc.)が研究開発を進めている、交流損失が小さく、大きな交流電流を流すことができ、任意の方向に曲げられる高温超伝導集合導体(注3で説明)です。金属のコア(芯材)のまわりに、銅めっきマルチフィラメント薄膜高温超伝導線をらせん状に、複数層にわたって巻き付けた構造をしています。英語のSpiral Copper-plated Striated Coated-conductor cable(スパイラル—銅めっき—条痕付き—薄膜超伝導線—ケーブル)の単語の頭文字をとって名付けました。

(注 3)超伝導、高温超伝導体、高温超伝導線、薄膜高温超伝導線、高温超伝導集合導体:低温で電気抵抗がゼロになる現象が超伝導です。超「電」導と書く場合もあります。超伝導になる温度が摂氏マイナス248度以上の物質を高温超伝導体、それ未満のものを低温超伝導体と呼びます。高温超伝導体を用いた電線が高温超伝導線、高温超伝導線体の薄膜を金属テープの上に重ねたような構造の高温超伝導線を薄膜高温超伝導線と呼びます。幅4ミリメートルの薄膜高温超伝導線が、現在は、標準的な高温超伝導線となっています。大きな電流を流せるように高温超伝導線を集合化した(束ねた)ものを高温超伝導集合導体と呼びます。

(注 4)超伝導磁気エネルギー貯蔵装置:超伝導集合導体でコイルを巻いて電流を流して、磁気の形でエネルギーを貯蔵する装置です。エネルギーを高速で出し入れでき、瞬発的な電力を供給することで大停電を防いで、再生可能エネルギー大量導入時でも電力の安定的な供給を可能にします。エネルギーの出し入れを繰り返してもほとんど劣化せずに数十年という長い期間にわたって使えることも、蓄電池などと比べた長所です。

<研究者のコメント>

高温超伝導応用の研究に長年にわたり携わってきましたが、SCSCケーブルは、高温超伝導応用のブレークスルーにつながる技術であるという思いを強く抱いています。SCSCケーブルの実用化が高温超伝導の応用を一気に拡大することを期待しています。

<発表タイトル、著者、発表会議>

タイトル:
“Fabrication, characterizations and conceptual design of Spiral Copper-plated Striated Coated-conductor cables (SCSC cables)”(スパイラル銅複合マルチフィラメント薄膜高温超伝導線ケーブル(SCSCケーブル)の作製・評価・概念設計)

著者:
Naoyuki Amemiya1, Yusuke Sogabe1, Ryusuke Nakasaki2, Hisaki Sakamoto3, Satoshi Yamano2
1Kyoto University, 2Furukawa Electric Co., Ltd., 3SuperPower Inc.(雨宮 尚之1、曽我部 友輔1、中崎 竜介2、坂本 久樹3、山野 聡士21京都大学、2古河電気工業株式会社、3SuperPower Inc.))

発表会議:
4OrA3-6, The 28th International Conference on Magnet Technology (Aix-en-Provence, France, presented on September 14, 2023) (第28回マグネット技術国際会議(フランス エクス・アン・プロバンスにて開催)、4OrA3-6、2023年9月14日発表)

<図>

図1 マルチフィラメント薄膜高温超伝導線(銅めっき前)

古河電工とSuperPower Inc.が製造したマルチフィラメント薄膜高温超伝導線(幅2ミリメートル、厚さ0.05ミリメートル、フィラメント10本)です。製造工程の途中の銅めっき前の様子で、10本のフィラメントが見えています。

図2 ケーブル作製機

京都大学に設置された、コイルを作ることができるような長いSCSCケーブルを作るための装置です。写真で、向かって右側の巻き枠からコアを送りだし、そのまわりに銅めっきマルチフィラメント薄膜高温超伝導線を巻き付けていき、巻き付け後、ケーブルを左側の巻き枠に巻き取っていきます。

図3 1キロアンペアの大きさの交流の電流を流したときの電流の時間変化の様子

金属のコアのまわりに1層あたり3本、6層にわたって、合計18本の銅めっきマルチフィラメント薄膜高温超伝導線を巻き付けた直径4ミリメートルのSCSCケーブルを液体窒素(摂氏マイナス196度)で冷やし、1キロアンペアの大きさの交流の電流を流すことに成功しました。

<補足説明>

補足図A 交流損失発生の原理

交流損失は、磁束が細い線(磁束量子線)となって超伝導体の中に侵入し移動するときに発生する摩擦発熱のようなものです。ピン止め力 (摩擦力に相当)に逆らいながらローレンツ力(フレミングの左手の法則による力)によって磁束量子線が動くときに発生します。交流損失が大きいと、超伝導線の温度が上昇して超伝導状態を保てなくなる可能性があるほか、除熱のために必要な電力が、電気機器の効率を低下させてしまいます。

補足図B マルチフィラメント薄膜高温超伝導線における交流損失低減の原理

超伝導薄膜を細いフィラメントに分割すると、磁束量子線の移動する距離が短くなり、磁束量子線が移動するときに発生する摩擦発熱のようなものである交流損失も小さくすることができます。

補足図C マルチフィラメント線における超伝導ではない部分(不良部)の電流迂回

フィラメント同士を完全に電気的に絶縁すると、万一、あるフィラメントに超伝導ではない部分(不良部)があったときに、電流が迂回できず、そのフィラメントは全く電流を流すことができなくなってしまいます。マルチフィラメント薄膜高温超伝導線のフィラメントの上を銅でめっきしフィラメント同士を電気的に接続すると電流が迂回できるようになります。

補足図D SCSCケーブルにおける交流損失低減の原理:結合電流の速やかな減衰

マルチフィラメント薄膜高温超伝導線のフィラメントの上を銅でめっきしフィラメント同士を電気的に接続すると、磁界がかかったときに銅を介して結合電流という一種の渦電流が流れ、この結合電流が減衰しない限りは、フィラメントに分割したことによる交流損失低減効果が損なわれてしまいます。銅めっきマルチフィラメント薄膜高温超伝導線をコアのまわりにらせん状に巻き付けることで結合電流を速やかに減衰させ、交流損失の低減効果を維持できるようになります。

<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
雨宮 尚之(アメミヤ ナオユキ)
  京都大学 大学院工学研究科 電気工学専攻 教授
  〒615-8510 京都市西京区京都大学桂
  Tel:050-3590-4119(携帯)
  E-mail:prof@asl.kuee.kyoto-u.ac.jp

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